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カレーのおいしい季節です

懐かしのコンビニ・ホットスパーは今

かつてホットスパーというコンビニがあった。茨城を中心に全国展開しており、2000年には全国で1350店舗を展開していた*1という。

これは全国7位(ちなみにミニストップが8位で1340店舗)で、なかなかの勢力を誇っていた。しかし、ホットスパーは2008年にココストアに併合され、そのココストアファミリーマートになってしまった。あのホットスパーは今どうなっているのか。数年に渡る調査の結果、今でも在りし日の姿を見ることができることが分かった。

 

ホットスパーとは

さて、ご存じない方もいると思うので、簡単にホットスパーについて説明しよう。

そもそもスパーとはオランダに本部のある小売りのボランタリーチェーンで、日本でコンビニとして展開する際に主に名乗ったのが「ホットスパー」だった。

茨城県を地盤とするスーパー・カスミによって積極的に出店されたので、茨城に店舗が多く、筆者の地元・土浦市にあるコンビニの半分以上はセブンイレブンホットスパーであった。店舗は赤に緑のモミの木の看板がトレードマークで、外壁は白いタイル地。拙いイメージ図ではあるが、上のような見た目を想像してほしい。

店内でパンを焼いていたり、機械式のソフトクリームが売っていたりなど魅力のある店舗が多かった。

自分も土曜日に学校がある日は、昼にパンを買いに行くことが日課になっていた。チーズとソーセージのマフィンや、サーターアンダギー、目玉焼きののったパンと当時のラインナップは未だに覚えている。

茨城周辺のローカルコンビニかというとそういうわけでもなく、地域によって店舗数に大きくばらつきがあるものの全国的に展開されていたようだが、ホットスパーの話をすると知っている人が出てくるのはかなり稀だ。合宿で免許を取ったときに出会った沖縄出身の人から何気ない会話でホットスパーの話が出た時は感動した。自分しか知らないと思っていたマイナーなアーティストのファンに出会ったような、えも言えぬ気持ちであった。

 

■併合の歴史

 

そんなホットスパーであるが、ホームセンターや不動産業など他業種に進出していたカスミが事業の見直しを図ったことで、ファミリーレストランのココスなどとともに手放すことになる。ホットスパーの運営組織の一つであるホットスパーコンビニエンスネットワークは売却され、愛知県を中心に展開していた2001年にココストアの子会社となっていた。さらに2008年にはイメージ刷新を狙ってココストアに転換された。当時の新聞*2には男性客比率が6割だったのを、女性客を取り込もうと「白やピンクを中心とする明るい色使いに変更」とある。ただこれによって何か大きく変わるわけではなく、店内のサービスは従来のホットスパーと同じであったと記憶している。

しかしながら、その8年後の2016年には買収によりココストアファミリーマートに転換されることとなった。数が力の世界、気づけば中堅コンビニはどんどん減っていってしまった。

ちなみにファミリーマートはこの前後にam/pmサークルK、サンクスなどとも合併している。ファミリーマートは昨年、創業40周年を記念して「懐かしの看板商品復活祭」と銘打ち、am/pmサークルK、サンクス、ファミリーマートの商品を復刻したが、ホットスパーココストアの商品は残念ながら含まれていなかった。ぜひ50周年ではあのサーターアンダギーを復活させてほしい。

 

ホットスパーは今どうなっているか?

さて、ファミリーマート本部からも半ば忘れられた存在になっているホットスパーであるが、当時の店舗は今どうなっているのだろうか。1995年2月時点の電話帳を手に入れたので、茨城県南地区の60店舗を対象に現状を調べた。

結論から言うと、ほとんどが居抜き店舗として生き残っていた。20年以上経っているので、開発などで住所が変わっている場合もあったが、わかる限り調べた。

それでも7件は不明で、おそらく大半が再開発によって街ごと景色が変わっているようであった。20年以上前の店舗はもう残っていないと思っていたので、予想外の結果かもしれない。

居抜き店舗の内訳はコインランドリーが最多だ。次にオフィス、美容院と続き、後継のコンビニであるファミリーマートも3件あった。コンビニはバイパスの開通で移転したり、利便性を高めるために向かいにより大きな店舗を作ったりすることがあるので、同じ場所で営業を続けるこの3軒は貴重な存在であろう。

他には保育園、接骨院、学習塾などが並んでいるが、コンビニの居抜きといえばどの地方でも似たような光景がみられるのではないだろうか。

 


ちなみにグラフにするとこうなる。正確に調べたつもりではあるが、多少間違いがあったら容赦願いたい。とはいえ、そこまで熱烈にこのデータを欲している人は全国に自分ぐらいであろうけれど。

 

ホットスパーに会いに行く

ある晴れた日、3軒残った貴重なファミリーマートの一つに行ってきた。

調査中にコロナ禍に突入してしまったので、多少古い写真もあるが気にしないでほしい。最初に調べ始めてからこの記事まで足掛け7年かかっている。夏休みの宿題は最終日までやるタイプだったが、これでは入った小学校を卒業できてしまう。

本題に戻ろう。見た目は普通のファミリーマートだ。言われなければ、元ホットスパーであることは意識できないだろう。

ただよく見ると、看板のサイズが微妙に建物と合っていないのが分かる。例えば東海地方の人は、同じくファミリーマートになったサークルKだった店舗を想像してほしいのだが、縦横比が合わないのかなんとなく寸足らずな看板に出会うことがある。その場合はもともと違うブランドだった可能性があると考えてよいだろう。

別業態に居抜きした店舗。白地のタイルが残っているので、往時の姿が思い出される。

細かいことだが、駐車場の白線も古いまま残っているようだ。

ただ、こちらも言われなければ元ホットスパーということはみじんも感じさせない。なんとなくコンビニだったんだろうなとぼんやり思うぐらいである。

こちらはより古い店舗。テナント募集中になっているが、看板の塗装が時代の変遷を物語る。調査していてわかったことだが、ホットスパー前期の外観は赤い屋根+茶色いレンガ風の壁が多く、後期は赤い看板+白いタイル地の壁が多かった。

建物の1階に入居するパターンだと関係ないこともあるが、これは前者の外観に近い。ここまでくるとコンビニであったとはまったく考えられないだろう。

骨格を残してはいるが、見る影もないパターンもある。もはやコンビニだったことすら分からない。

そんな中、気になる店舗がある。

いま流行りのからあげ専門店だが、以前の姿がこれだ。

 

突然、説明にないコンビニを出して申し訳ない。

と同時にこの外観に見覚えがある方も多いのではないか。

これはココストアファミリーマートに転換されたときに、ファミリーマートについていかなかった一部店舗が名乗った「タックメイト」というコンビニだ。いわばコンビニ界の岩隈投手である*3

店舗はあのミツウロコグループの傘下となり、ポプラの弁当が買えるようになるなど変化もあったが、焼き立てのパンを提供する店舗があることや、見た目も看板のデザインもそのままであった。ホットスパーココストアの系譜はなんとか途絶えるのを防げたと思いきや、タックメイトは徐々に店舗を減らしていき、残った店舗も2021年からヤマザキYショップに転換しているという。

調査は長丁場になる中、ついに決定的な瞬間を迎える。

 

■見つけた……!

店舗の改修中に現れたのがこの姿であった。看板こそないものの、赤い塗装に白い外壁。これこそが記憶の中のホットスパーそのものである。駐車場の白線もドアに向かって往時の姿を残している。

遠目から見ると、営業していると思う人もいるかもしれない。いや、それは言い過ぎだ。

裏に回ると通用口の横にプレートがあるのが分かる。ホットスパーは通し番号を店舗に着けていて、これはその通し番号を示すプレートだと思われる。20年くらい前の痕跡をたどるのにこれだけ苦労するのだから、世の中の考古学者はどれだけ大変なのか。

残念ながら、その後すぐに別のテナントが入ったことから、この景色はすでに現存していない。世の中は無常である。

しかし、失ったと思ったら見つけるものもあるもので、さらに調査を続けるとより決定的な光景を目にすることができた。

 

これは夢か幻か。ほとんど営業中の姿のまま残されていた店舗があった。

赤い屋根にレンガ風の外壁から前期の建物だということが分かる。

まさかここまで完全な姿で残っているだなんて。ホットスパーの痕跡探し史上では、吉野ケ里遺跡級の大発見じゃないか。

窓にはおなじみモミの木とSPARの文字。さらには赤い縁取りもされたいた。

さらにその外側には緑色の縁取りがあったように見えるが、風化したのかほとんどが剥がれてしまっている。

堂々ならぶSPARの文字。まるでタイムスリップしたかのような感覚に襲われる。

昭和をイメージしたテーマパークは多いものの、こんなに明らかに時間が巻き戻った感じを味わうことはないだろう。そもそも当時を再現したものではなくて本物なのだから臨場感があるのは当然だ。

手元の資料によれば、この店舗はすでに1990年には存在していたので、30年以上前の建物ということになる。同様に2000年には既に閉店しているとのことで、営業していない状態で20年が経っているはずだ。

令和の時代に見れるのは奇跡といえよう。

 

実はこれだけではなくもう一店舗紹介したいものがある。

一見、閉業したリカーショップに間違えそうだが、目を凝らせばうっすらとSPARの文字が見える。壁もレンガ風だ。

近づくと、やはり例のモミの木とSPARの文字。自動販売機で隠れてはいるが、赤と緑のラインもくっきりと残っている。保存状態はこちらの方が良いかもしれない。

 

入り口には雪印牛乳のベンチがおかれている。雪印は紆余曲折あり、雪印メグミルクになったのでこちらも感慨深い。

 

ドアには「お客様へのお願い」が当時のままの状態で残されている。これを見るまでは忘れていたが、たしかにこの張り紙は見覚えがある気がする。

ちらっと窓から店内が見える。

そこにはなんとSPARの文字と什器が見えた。店内にまで大きく描かれている赤いラインとモミの木マークは記憶通りだし、自分の馴染みがある世代よりは少し前の世代であろう什器もいかにもで、そこにはたしかにホットスパーがあった。

何らかの事情でそのまま残っているのであろう。いろいろな可能性が頭をよぎる。外観はまだしも内装が残っているだなんて。

営業していない店舗であるから、あまりじろじろ見るようなのは良くない。興奮を胸にそっと帰路に着くのであった。

 

■おわりに

この記事を書いているとき、あるニュースに気が付いた。

沖縄ファミリーマートが沖縄復帰50周年を記念して、1990年にホットスパーで販売していたハンバーガーを復刻するというのだ。*4自分は茨城にいたこともあって、ピンときてはいないが、忘れられていたと思っていたホットスパーの文字をニュースで見ることができるとは。さらにはホットスパーの商品が復刻されるなんて。

興奮そのまま自分でも何か作ってみることにした。サーターアンダギーは難しいので、あの目玉焼きがのったパンを作ってみた。

普通に失敗して黄身が割れたので、おとなしく店頭で復活する日を待ちたい。

 

*1:タラコでむひひ『コンビニ戦国地図』による。同ページは1990年代後半から2000年代半ばにかけてのコンビニエンスストア事情を知るのにかなり重要な史料。

リンクはインターネットアーカイブ

http://web.archive.org/web/20090326084816/http://www.d2.dion.ne.jp/~hmurata/conveni/tenpotable.html

*2:2008/01/23 日本経済新聞 地方経済面 茨城 41ページ

*3:ピンとこない人は楽天イーグルスwikiを読んでください

*4:琉球新報 2022年5月17日 ホットスパーで爆発的に売れたバーガーも復刻 ファミマで懐かしの味販売 復帰50年  https://ryukyushimpo.jp/photo/entry-1518293.html